2013年6月9日日曜日

労働生産性を飛躍的に高める秘策

労働生産性を高めるための秘策は、プロスポーツから学べる。

基本的にプロスポーツの世界では、選手の雇い方は「契約制」である。

言い換えれば、会社のように「終身雇用制」ではないということでである。

なぜプロスポーツの世界で「終身雇用制」をとらないかというと、能力の衰えた選手をいつまでもレギュラーに据えていたら、勝てるチームをつくれないからである。

労働生産性を高めようと思うのなら「契約制」を採用し、常にベストメンバーで戦えるようにしておくべきである。

プロスポーツの世界のようにトップをはじめ全員を対象に定期的に採用試験を行うことで、最強のプロ集団を確保でき、飛躍的に労働生産性を高められるというわけだ。

現在の雇用形態でも「契約制」は広がりつつあるが、契約社員は正社員を守る「調整弁」に過ぎないので、そのメリットを生かしきれているとは言い難い。

これでは補欠の選手だけを「契約制」にしているようなものだ。

契約社員を正社員より劣るものとして使うことは、採用時から正社員ほど能力の高さを求められないことになる。

これでは、せっかく「契約制」を採用しても、労働生産性が高まるわけがない。

また、一部の労働者だけを「契約制」にするのは、機会不均等の雇用環境である。

奴隷の家に生まれたら、ずっとその身分のままであるという、誤った階級社会を残しているようなものだ。

定期的に採用試験が行われることは、軌道修正をしやすくなるから労働者にとっても有り難い。

適性にあった職業に就けるようにすることは、結果的に労働生産性を高めることになるので、双方ともハッピーになる。

職種ごと統一試験を行うようにすることも、労働のミスマッチを減らす助けになる。

会社名で職業を選ぶのは、「就職」ではなく「就社」になってしまうからだ。

たとえ、希望する業種の会社に就職できても、人事異動で適性に合った部署に配属されるとは限らないので、就社という雇用システムは職種で選べる雇用システムに比べて、プロフェッショナルを育成する阻害要因を抱えている。

契約制にすることは、競争のあり方も正しくする。

就社とは会社と運命を共にすることであり、会社がコケれば、従業員の人生を大きく狂わすことになる。

しかし、定期的に就職のチャンスが巡ってくれば、敗者復活が可能になる。

会社間の競争は、お互いの体力を奪う消耗戦になりかねない。とくに国内で足を引っ張り合うことは、他国の会社につけいるチャンスを与えることになり得策ではない。

それに比べ全員を対象に定期的に統一試験を行い、その能力を競い合わせることは、競争のベクトルを正しい方向にむかわせることになる。

就労者も定期的に入れ替え戦が行われるとなれば、その座にあぐらをかいていられなくなるし、失業者も次回のチャンスに向けて必死に職能を磨くことになるからだ。

会社をなくし一元化をすれば独占状態になり、怠け者が増えるといわれるが、こうすればその弊害も防げるに違いない。

全員対象を契約制にすることは、定期的にそれぞれの職種の労働量を調整できるチャンスを得られることにもなるので、そういう面でも魅力が高まる。

ただ、敗者も安心して職能を磨けるように、充実した職業訓練システムや、全国民を対象にしたベーシックインカム制度を設けるのを忘れてはならない。

2013年5月19日日曜日

労働生産性が高まらない終身雇用制

ワークシェアリングが労働イノベーションを起こす理由をあかす前に、終身雇用制の弊害を考えてみましょう。

終身雇用制は、入社から定年まで雇用が保障されるシステムです。

また、勤続年数に応じた昇給がある程度保証されているのもその特徴です。

「継続は力なり」を美徳とする国民性から、勤続年数を重んじる終身雇用制を採用した方が労働生産性が高まると信じられてきたのです。

しかしそれは本当なのでしょうか。

もしそれで人材力がパワーアップするのなら、なぜプロのスポーツチームでは「終身雇用制」を採用しないのでしょう。

実力が勝負のプロの世界では、レギュラー枠に入るために熾烈な生存競争が繰り広げられています。

それがもし一旦レギュラーになれれば60歳になるまでその立場が保証されるとしたら、そのチームは優勝できるでしょうか。

プロ野球の世界を見ても、40歳まで現役を続けられる選手は一握りです。

「継続は力なり」の言葉はウソだとは思いませんが、それが万人に等しい成果をもたらすはずはないのです。

立場が保証され続けるとなれば、職能を磨く努力を怠ったり、先輩風をふかせて後輩に悪影響を及ぼすような輩も出てくるものです。

何より、そういう輩に居座られていては、回転率の悪い食堂のように、空きを待っている人が迷惑します。

新卒者の就職が厳しいといわれて久しいですが、これはその若者の将来をダメにするだけでなく、人材育成のチャンスを奪うという点において労働生産性を先細りさせるデメリットももたらします。

また、正社員になれるチャンスが低まれば、非正規雇用でしか職を得られない人の数が増加します。

正社員よりも優秀な人材がいるかもしれないのに、埋もれたままで能力を発揮できない人材を増やすのも労働生産性をゆがめる温床になります。

これで我が国の労働生産性がますます弱まり、国際競争に負ければ、さらに雇用規模が縮小するという悲劇が生まれるかもしれません。

従来の労働システムの歪みを甘く見過ごしておきながら、価値観の異なる労働システムの負の面ばかりを拡大解釈するのは、新しい労働システムを創造する障害になるだけです。

2013年5月18日土曜日

なぜ低いワークシェアリングの評価

労働イノベーションを起こすツールとして、ワークシェアリングは大変なパワーを秘めています。

しかし、現代社会においてワークシェアリングの評価は高いとは言えません。

その理由を考えてみたいと思います。

ワークシェアリングの意味を調べてみましょう。

『大辞泉』によれば、ワークシェアリングとは「労働時間の短縮などにより、より多くの人で仕事の総量を分かち合うこと。おもに、雇用の維持・創出を目的として行われる」という意味です。

従ってワークシェアの必要度が高まるのは失業率が高い時です。

仕事の分かち合いで失業率を低める効果が期待できるからです。

しかしそういう事態に陥っても、実際にワークシェアリングを採用する企業は多くありません。

なぜでしょう。

それは企業・労働者双方にとって、あまり歓迎できない側面をもっているからです。

企業にとっては、従業員を増やすことは、交通費、備品費など人件費を増やすことにつながります。

また、全従業員の労働時間を一律に減らすということは、優秀な人材の労働時間を減らすことにもなってしまいます。

リストラされるような能力の人材を受け入れることも、労働生産性を落とすはめになるのではないかと企業は恐れます。

一方従業員は、労働時間が減ることで給料も減らされてしまうことに抵抗感を覚えます。

不況時でただでさえ給料があがらないのに、これ以上収入を減らされたらたまったものではないのです。

経済全体で見ても、平均賃金が低くなることはデフレを悪化させる要因になります。

以上のような負の側面を抱えているので、ワークシェアリングに積極的になれないのです。

2013年5月12日日曜日

同条件で社会実験も成功!

全地域を同サイズ(人口も年齢構成も同程度にする)にすることは、行政イノベーションを行いやすい環境をつくるのにも役立ちます。

その理由は、検体が同じであったほうが同じ物差しで測れるので、成果の確認や水平展開を行いやすくなるからです。

また、その成果を国家運営にも反映させれば、失敗のリスクも減らせます。

国家的規模で社会実験を始めるよりも地方で社会実験を始めた方が、失敗による損失も少ないですし、豊富な社会実験を積めるからです。

社会実験をそれぞれの地域の主体性に任せることは、その成果を全世界に広めるにも好都合です。

我が国は国土は狭くても地形も気候も多様なので、様々な世界都市に活かせるイノベーションを揃えることができるようになるからです。

先行モデル都市になることで世界中から社会システム構築の依頼を受けることは、地域を豊かにさせるメリットも有り、それが結局は国を豊かにすることにもなるのです。

また、地方のパワーを高めることは、中央集権化を弱めることにもなります。

小さな政府をつくるためにも、地方が自由に社会実験を行える環境をつくることは重要なのです。







2013年5月11日土曜日

地域格差をなくす秘策

地域間格差が止まらず、元気を失っていく地域が増えています。

地域間格差の問題は、疲弊していく地域だけの問題にとどまらないところにあります。

つまり、疲弊していく地域が増えていくということは、それだけ国が面倒を見なければならない地域が増えることを意味するからです。

わかりやすい例えをあげれば、首都圏の一人勝ちで地方が疲弊していく有様は、両親が弱って介護が必要になり、その介護疲れで妻も倒れ、おまけに一人息子もニートで自立せず。主人の稼ぎだけを頼りにピンチをしのぐ家庭のようなもの。

たとえ、主人が人並み以上の収入をもらっていても、これはきついです。

これでは出費に収入が追いつきませんし、主人が倒れたら、その家庭はアウトです。

いくら主人が誰もが羨むような大企業に勤めていても、近所の誰がこの家庭に未来があると思うでしょう?

首都圏だけの元気度をみただけで、国の元気度を測れないのはそういうわけです。

やはり国が元気になるには、家族全員が元気で働けている家庭のように、全地域が元気で支えていてくれているから成り立つというものです。

そういう意味では、道州制も兄弟で弱った家族の世話を押し付けあっていくようなものなので、根本的な解決策にはならないでしょう。

何より、道州制は格差を縮められる形ではありません。

格差を縮められる形とは、同条件に整えるということです。

例えば、全地域のサイズを同じにするとかです。

加えて、職業も均等にわけ合えば、大都市に人口が流入するようなことにはならず、地域間格差は縮まるはずです。

そのためには、どこかの地域を選んで中央政府をおくといった従来の形成は避けたほうがいいでしょう。

中央政府は、それを置くためだけのエリアを設け、そこからあがった利益は全地域で分け合うようにしたほうが得策です。

首都をおいた地域ははじめから圧倒的に条件に恵まれていて、そんなとこと戦っても他の地域は勝ち目はないからです。

エネルギーを浪費するだけで思うような成果があがらないのは、賢い力の引き出し方だとはいえません。

環境的にもよろしくなく、それでは腹八分目社会には近づけないでしょう。



2013年5月6日月曜日

都市の価値を高める住宅の長寿命化

都市を豊かにするためには、観光客をひきつける魅力ある都市づくりをしなければなりません。

では、観光資源に恵まれた都市とはどのようなものでしょう。

活気のある観光都市を見てみれば、美しい景観をもった歴史ある街並みや、後世の人に尊敬される英知のつまった都市に観光客をひきつけるパワーがあるようです。

また、世界遺産に認定された都市をみても、そのような都市が多いように思われます。

そのような都市をつくるためには、歴史ある街並みを築くための建物の長寿命化や、自然と文明の共存を図るための英知のつまった都市の設計が求められます。

そこで重要になるのは、私有制度にしばられない都市づくりです。

私有制度にしばられていては、都市設計の自由度が狭まりますし、街並みも統一感がとれず、住宅の長寿命化の足並みもそろうはずがないからです。

こうした都市設計では、都市の価値をさげるばかりで、将来的に世界遺産に認定される可能性はゼロでしょう。

世界的に知れた観光都市になれば、自然、新幹線の駅や大きな空港もつくられるのです。

交通の便も良くなれば、観光客がますます増えるので、さらに都市の魅力度を高めるための資力を得られるという好循環が生まれます。

財政の健全化が成されれば、国への依存度を低められ、自立した強い地方に変われるのです。

そうなれば、より自分たちの考えが反映された都市をつくりやすくなるので、他地域との差別化に成功し、ますます観光収入が増え、都市が豊かになるでしょう。



2013年5月5日日曜日

リッチな住宅に格安に住める術

見かけ倒しでなく200年くらい住めそうな丈夫な構造体躯で、耐震性能にも環境性能にも優れたリッチな住宅を購入しようとしたら、莫大な費用が必要になるので、なかなか庶民には手が出せるものではありません。

しかし、いつ起きてもおかしくない大地震や値上がりし続ける電気料金などの不安を思えば、ワンランク上の住宅に住みたいと思うのが人情でしょう。

そこで、そのような住宅に格安に住める秘策を明かしたいと思います。

いま「シェアハウス」というものが、若者を中心にはやっています。

しかし、シェアハウスはいくら安くても、基本的にラウンジ、キッチン、バス・トイレは共有ですし、気の合わない入居者とシェアするリスクがあり、万人向けではありません。

また、結婚したら、シェアハウスというわけにはいかなくなるので、一生住めるものではありません。

そもそもシェアハウスはフツーの住宅ですので、リッチな住宅に住みたいというニーズに応えられないでしょう。

そこで提案したいのが世代間シェア

つまり一つの住宅を世代を超えてローンを組んで使おうという発想です。

そうなれば、必然的に住宅は長寿命な構造体躯を求められますし、費用の分かち合いでお金のかかる耐震設備も省エネ設備も無理なく設置できるようになります。

私の提案する世代間シェアの優れたところは、親族間でシェアするものではないところです。

親族間でシェアしなければ、跡継ぎがいなくて発生する「空き家」問題に悩まされることもなくなりますし、相続税もかかりません。

持ち家ではないので、固定資産税からも解放されます。

また、持ち家でなければ、例えば老夫婦暮らしになったサイズに合わせるための減築やバリアフリーなどの工事をする負担を減らせます(無駄な住宅の肥大化は、コンパクトシティーの実現にもよろしくないですしね)。

つまり、シェア住宅ゾーン内の全住宅が社会的共通資本になるので、住人誰もがライフステージにジャストフィットした住まいに自由に転居できるようになるのです。

全住宅がそのような高性能住宅になれば、都市の省エネ効果もあがりますし、万が一、震災に見舞われても損失を最小限に抑えられるので、都市の財産も守られることになります。

統一感のとれた高級住宅街は景観にも優れ、羨望を集めることになります(街並みの景観は、一戸の高級住宅だけでつくられるものではありません)。

そうなれば入居希望者も増え、空き家問題はさらに解消されることでしょう。

内装を住人の好みに変えられる自由度を与えれば、住民の満足感はさらに高まるはずです。

住宅費が安く抑えられれば、住宅ローンのためにあくせく働く必要もなくなります(せっかくもった自分の城でゆっくりくつろぐ暇さえないなんて豊かな暮らしとはいえません)。

自分の城を所有することよりも、質のの高い暮らしを所有するほうが内容があるといえるのではないでしょうか。